L-M BRIC ニュー ス 第 9 号 日本語版 5/20/2006 ©


L-M BRIC ニュース

デンマーク国立文書館所蔵の裁可書に見る組紐」
組紐研究家 ジョイ・ボウトルプ

本文書はスコットランド王ジェイコブ6 世とデンマークのアン王女(デンマーク王フレデリックII世の娘)の結婚契約の裁可書(1589)である。スコットランド王ジェイコブ6 世(1566-1625)は後にイングランドの王位を継いでイングランド王ジェームスI 世(1603-1625)となった人物である。
裁可書の表紙にはスコットランドの30の諸侯とエディンバラ、パース、スターリング、アーヴァイン、エア、リンリスゴウ諸都市の代表者の署名がある。表紙 の折り畳んだ縁に沿って絹の組紐を結びつけ、署名者の蝋印章によって封印してある。36本の組紐の内、2例のみが2箇の孔を使っている他はそれぞれ を4個の穴に十文字に通して結びつけてある。
保存状態は非常によく退色も殆どない。黒糸のみ劣化が甚だしく、黒糸に組み合わせた白糸には劣化が見られる。他方黒と組み合わせた赤、青色糸には影響が見 られず、黒糸のみが劣化している。素材は肉眼観測では絹紡糸と見られるS双糸である。糸の太さや色に一体感があり、同色の糸が幾つかの紐に見られることか ら同じ工房での製作が示唆される。

                            Document Cover
(写真上 スコットランド王ジェイコブ6 世とデンマークのアン王女結婚契約の裁可書)
文書は巾58.5 cm、高さ 69 cm。表紙の縁の折畳み部分の巾は左端4.5 cm、下端 4.2 cm、右端3.8 cmである




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本調査は、中世から文芸復興期にかけてヨーロッパで用いられていた組紐技法の一般像を設定することを目的として文書記録と比較することができる組紐資料を 収集する調査の一環としてなされたものである。

文書に付けられた組紐の構造

個々の組紐の解説は場所をとりすぎるので省略し、構造に従いその特徴を示す写真を付けて組み分けする。

筒状組紐
4-ridge 4-element tubular1. 4要素4畝筒状組紐(丸四つ)
4-element 4-ridge tubular
4要素組紐が14例ある:#1, #4, #11, #12, #13, #14, #15, #17, #19, #25, #27, #28, #34, #36
この手の組紐の組成には通常台と錘を使用する技法などの自由端技法が想定できる。参 1,9色柄はいずれも手綱柄であるが、色の組み合わせや糸の太さが 異なる。手綱柄を出すには、交換する相棒の要素が色違いになるように配置する。
#12はこれと同構造の組紐を要素にして組んである。DOUBLE 4-END TUBULATR BRAIDと呼ばれるものである。
(写真右 左から組紐#13, #12, #11, #10)

2. 断面4角形(4畝)の筒状組紐

紐#22断面4角形の筒状組紐が14例ある。いずれも4本の畝の越数がループ技法組成の角組の特徴を 備えているのでL-M組成と考えられる。他の技法で組成された 可能性を否定するものではないが、紐の片端、或いは両端にまだ操作に用いられた形跡が残るループが残っているものがある。               
(写真右 ループが両端に残る組紐#22)

4畝8要素筒状紐#22 は要素数8で、畝の越数が2, 3, 2, 1、両端に使用されたと見えるループが残っている。要素数が4の倍数の角組では4畝を同越数に組むのが自然な発想であるが、この様な組紐は自由端技法では 組めるがループ技法では組めない。あえて歪んだ組紐に組んでいるのはl-m技法で組成したからであろう。
(図 4畝8要素筒状組紐の 径路図)

10-element 4-ridge tubular要素数10の11例  #5, #6, #7, #9, #23, #24, #29, #31, #32, #33, 335
(写真  紐#31, #32)

4畝10要素筒状要 素数10の角組は、自由端、ループいずれの方法でも歪んだものしか組めな いが、もう2本ある要素数12の角組(#21, #30)も4畝が歪んでいるので、紐端にループが残っていなくても、ループ組成と考えてよいだろう。

(図 10要素4畝筒状組紐の径路図)


角組は最も基本的な組紐の一つで、どのループ技法の古記録にも真っ先にでてくる。トルマッシュでは第3番(シュパイザーの第2番、46頁)(参2)、ハー レイでは第2番(転写本96頁)参3、セレーン本に は第2番、421頁に 参5、Donauschingen では第1番参9である。

12要素4畝筒状組紐 #21, #30     畝の越数が2, 3, 4, 3
写真 12要素4畝筒状組紐)                    
4畝10要素筒状
要素数12では自由端技法を使えば4畝の越数が等しいものが組めるが、ループ技法ではここに見られるような不整ができる。しかも#21には端にループが 残っている。#30は破損が激しく詳細は判らない。
(図 12要素4畝筒状組紐の径路図) 

3. 8畝筒状組紐
8畝14要素筒状組紐(写真右 左紐#8、右#7は10要素4畝筒状組紐)

14要素8畝筒状組紐  #8

8畝14要素筒状両端に残っているループからループ組成であることが一目瞭然である。8畝の越数は3, 1, 1, 3, 2, 1, 1, 2。トルマッシュ第19番、(2. シュパイザー p. 62)、ハーレイでは第12番(3. 転写本99頁)などにある7ループ筒状組紐手順で組める組紐に相当する。色柄は黄色ループ3本、青色ループ4本の斜格子柄である。
(図 14要素8畝筒状組紐の径路図)

ハーレイ本の手順第12番の転写。
For to make an lace hollow of vij bowys: Set ij bowes on B and C of thy ryght hand and ij sunder bowes on A lyft hond, and ij on B lift, and on C lyft. Then schal A right take thorow B, C of the same hond the forme bowe of B lyft reuersed; and B ryght schal take the forme bowe of A lyft vnreuersed ; and A ryght schal take thorow the same thatwas on A lyft the bowe C of the lyft hond vnreuersed. Then lowe thy lyft bowes. Then schal A lyft take thorowout B, C lyft the forme bowe of B ryght reuersed, and B lyft schal take the forme bowe of A ryght vnreuersed, and A lyft schal take thorowout the bowe that was on A ryght the bow C ryght vnreuersed. Then lowe thy ryght bowys, and begin agen.



コンパクト組紐(Compact Braids)
(コンパクト組紐とは、中空組紐に対して中空でないつまり中が詰まっている組紐を意味する。)

紐#2 16要素8畝コンパクト丸組紐
8畝コンパクト丸紐
これと同様構造の組紐は、日本、ドイツ、フランスなどに例が見られる。(参2. シュパイザー, p. 66)またV&A博物館が所蔵する、ドイツ、ハルベルシュタツの寺院の14世紀のスダリー(大司教の錫杖を覆う布)についていた紐も1例である。

(図 16要素8畝コンパクト組紐の径路図)

8畝コンパクト丸紐この紐は、8本のループを両手の人挿し指と中指の2本指にそれぞれ2本のループを掛けて、対 角方向にループを交換する方法(参2. シュパイザー, p. 66)ので容易に組むことができる。この方法で組成したものとしてよいだろう。資料に見られる色柄の分析から交換するループを「開」移動 で取るか、「閉」 移動で取るかの2種類の可能性がある。 n9註7) 真に見えるように隣接畝の組目が交差していない状態から「開」移動で交換した、右の径路図の構造のものと判定され る。
この紐の一方の端は色柄が異なり組み間違いだらけで、後代にまずい修理が加えられた結果ではないかと思われる。
(写真右 紐#2)
                    
紐#26 8要素コンパクト丸組紐                             
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構造も色柄も8ループを使うトルマッシュ#25 (参2. p. 63)、ハーレイ#25(参3 p. 100)、セレーン#33 (参5, p. 429 )、などに共通する構想であるが、こちらは4ループである。カルルスルーエ文書#5の4ループ手順で組成される組紐と同じと認められる。参9)(ニュー ス第6号イラスト技法入門第6回
(図 8畝8要素丸組紐)

右手A色、左手B色、両手の人挿し指と中指に1本づつループを掛けて、対角方向にループを交換する。ベルギー、トンゲレンの大聖堂に同構造 色だが柄が異な る15世紀組紐が2本見出されている。参8
紐#26(写真右 紐#26)

Citing the Karlruhe document "Codex Donauschingen 793":
Item wildu ein synebelle gewuntne snur slahn von zwain varben so nim yeder varb zwo zwischt, dass ist vir zwischt dan so nim allbeg den obern vaden an dem unteren vinger und leg albeg den vaden dadurch du greifest an die stat da du den vaden genommen hast. Also das das albeg der vaden an den obern vinger an ain hant gelegt werd an dem unteren vinger der anderen hant. Und greif nit durch paid zwischt als an den anderen sn殲en sonder nur durch den obern. Item aber gedenkch dass du ain varb nemest an ain hant dij andere varb an dij ander hant dass musstu merkchen


紐#20綾織組織平組紐
(写真右 ヤコブVI世銀璽付き紐#20)

綾織組織平組紐が5例あるが、いずれもループ操作技法で簡単には組めないものばかりであり、どのような技法で組まれたかは判らない。いずれ も組み間違いも 組むらもなく緊密に組めている。ボビンレースのように糸を糸巻きに巻いて組台を使う自由端技法で組まれたものかもしれないが、その仮定を支持する証拠も否 定する証拠もない。
21要素2越綾織組織
紐 #3, 10, 16 20要素10畝2越整綾織組織


20要素10畝平紐
紐 #18 20要素10畝不整綾織組織


12畝25要素平紐
紐 王銀璽付き紐#20
  25要素12畝不整綾織組織
(ローズ色糸14本、金糸11本) 
  整(2越)綾織組織組紐が組める要素数と畝数を使って不整組織が組成されているのが理解し難い。

結び
この36本の中にL-M 技法独特の組紐と目される不正規組織組紐が1例もないことは特記されるべきである。不正規組織組紐はデンマーク参6、スイス註8その他欧州大陸で の同時代の資料調査でよく見られる。他方シュパイザーによるスエーデンのブリジットは尼僧院所蔵の組紐の調査(未発表)では、l-m組紐の中に不正規組織 組紐は1例もなかった。

謝辞
デンマーク国立文書館上級研究員Nils Bartholdi 氏に、實資料の観覧、撮影の許可などに関してお世話になりましたこと感謝いたします。

(本稿の写真撮影者 J. Boutrup  (C) 2005)

(編者蛇足)
観測結果を表にしてみた。 (L-Mで組成されたと考えられるものは太字体 にした)

紐番号 紐名 要素数 例数
1. 4畝筒状組紐(丸四つ) 14
2-1. 10畝綾織組織平組紐 20 1
2-2. 10畝綾織組織平組紐 21 3
2-3. 12畝綾織組織平組紐 25 1
3-1. 4畝綾織組織筒状組紐(角組) 8 1
3-2.
10 11
3-3.
12 2
4. 8畝丸紐(丸源氏) 16 1
5. トルマッシュ#25 16 1
6. 8畝不整綾織組織筒状組紐
(トルマッシュ#19)
14 1


L-M技法組成と考えられるもの       17
L-M技法ではないもの                   19
合計                                         36


中世期ヨーロッパでは国家間、都市間その他の契約書に関係機関の責任者が組紐を結びつけて蝋印章で封印する習慣があった。国立、公立の文書館、歴史資料館 などに保管されているこの種の文書は、中世から近世にかけての組紐を調査するための資料源の一つである。

本調査の資料組紐には、L-M技法組成と見做せる例と見做しがたい例が、それぞれほぼ半数を占めている。組紐がループ操作技法で組成されたと考えられない 場合は自由端技法で組成されたと考える訳であるが、どの技法が用いられたかを確実に比定することは困難である。本稿の場合、同地域でL-M技法とそれ以外 の組み技法が並行して用いられていた可能性を示す事例といってよいだろう。
デンマーク、スイス、ベルギーなど欧州大陸の中世期古資料によく見られる不正規組織組紐が、スコットランドの資料に1例も見えないことは、イギリスの古記 録には皆無ではないが非常に少ないことと共に興味ある現象である。
上記表の2-1例(20要素10畝2越綾織組織平紐)は中央の1畝に1越の不整がある。自由端技法で組成されたとすれば、2-2例(21要素10畝2越綾 織組織平紐)があるにもかかわらず、あえてこのような不整が起る数が選ばれたのかが、技法の定石の問題として疑問が起る。また2-3例(25要素12畝2 越平組)は通常に考えられる自由端技法では当然2越綾織組織に組成されていいはずであるにもかかわらず中2畝が1越3越になっている。も しかして組成技法に関連するものかもしれないので注目しておきたい。

組紐を組成するには、レースを編む時のように糸をボビンや錘に巻いて行う自由端の技法、ループ端を利用する技法など種々あるが、ループ操作技法を用いた場 合は他の技法と比較した時に特殊な構造特徴を示すために、多くの場合その技法が使用されたことが確認できる。ループ技法は世界中に分布しておりその起源は 古い。又融通が利き作業効率もよいので多くの国で現在も実際に使われている。
L-M 技法の記録は約1420年ー1680年にわたって、主として英国に残っている。これらを解読して編集した教則本も次第に数を増している。

組紐研究家 ジョイ・ボウトルプさんは2005年10月30日、奈良で開催された「執轡如組」シンポジュームでこれと同主旨の講演を講演され、2005年 10月30日ー11月16日、元興寺で開催された秋季特別展「執轡如組(轡を執ること組の如し)」の図録にも発表されている。